八女茶の由来

八女茶

八女茶ブランド
お茶の原産地は中国雲南省といわれ、日本へは唐の時代に中国より仏教修行の僧侶たちによって伝わりました。
国産の茶生産は、1191年中国の宋に学んだ僧・栄西が、筑前背振山に茶種を播き、博多に聖福寺を建立し、境内にも茶を植えたのがはじまりとされています。
その後、この茶の種が、山城宇治、伊勢、駿河と広がり現在の茶産地となっています。
八女茶のはじまりは、僧周瑞が1423年(応永30年)に霊巌寺を建立するとともに、お茶の栽培を伝えたのが由来とされています。
 
八女茶ブランドの成立 
大正14 (1925) には八女郡福島町 (現在の八女市本町 福島小学校) で行われた物産共進会・茶の全国品評会の部の席で、当時の福岡県茶業組合理事長 許斐久吉 (このみひさきち) は、釜炒り製や蒸製の茶が混在し、「筑後茶」、「笠原茶」、「星野茶」、など複数の地域名で呼ばれていた郡産茶を、改良された高品質の蒸製緑茶から「八女茶」と統一するよう組合員に提唱し、それは満場一致で可決されました。以後、八女茶は特産品として生産と流通の両面で拡大が計られてゆき、今日、日本有数の高級茶として全国的に知られるようになりました。

八女茶の特徴
福岡県で生産するお茶は「福岡の八女茶」あるいは「八女茶」と呼称されています。
八女茶は一番茶の摘採が4月中旬に始まり、5月上旬に最盛期となります。二番茶が6月中旬から7月上旬、三番茶が7月下旬から8月上旬に摘採されます。福岡県では8月上旬までに三番茶の摘採が終われば、秋の生育停止期までに越冬する枝葉が充実し硬化します。平坦部の茶園は8月上旬までに三番茶の摘採が可能となるが、二番茶まで摘採して三番茶を摘採しない茶園がほとんどです。この理由としては、秋整枝面の芽数を少なくし枝葉を大きくしっかりしたもの(芽重型)としたほうが、芽数が多く小さい枝葉の芽(芽数型)より、一番茶の品質がよくなるからです。
芽重型の芽を摘採したら、よく蒸し(深蒸し)てお茶を作ります。出来上がったお茶を急須で淹れるとグリーンになり、「あまくてコクがあり旨みの強い美味しいお茶」が八女茶の特徴です。また、福岡県は高級玉露の産地として知られていますが、玉露は八女市山間部の黒木町、上陽町、星野村で生産されています。玉露の被覆は化学繊維で織ったネットが多くなっていますが、八女の伝統本玉露は昔ながらの稲わらを使用して被覆を行っており、全国茶品評会で10年連続で農林水産大臣賞と産地賞を獲得しています。
 

八女茶は、苦味、渋みが少なく、濃厚な旨みが広がります。色は黄金がかった緑色をし、香りは爽やかな甘み旨みの香りが広がります。玉露に至っては、煎茶よりもタンニンが少なく、カフェイン含有量が多いです。また、八女の茶商のブレンド技術が長けており、品質を均一化するだけでなく、山手や平地といった茶葉の育った地力を活かし、コクを醸し出す技術を有しています。

 

 

八女茶を栽培する筑紫平野南部(八女地方)は、地質的に筑後川と矢部川の両河川から運搬された土砂(腐葉土)が交互に堆積した沖積平野からなっており、栽培されるお茶は官能審査においてコク、甘みを強く感じるものが多いです。

 

上記に加え、霧(朝霧や川霧)の発生しやすい土地柄でもあり、茶畑があるなだらかな山の斜面を霧が覆い 太陽光を適度に遮ることで、茶の旨み成分であるアミノ酸類(テアニン、グルタミン酸、アルギニンなど)の生成を促進し、古くから天然の玉露茶として珍重されてきました。

茶の生育に関る気候も、八女地方は 日中の気温が高く夜間は冷え込む特有の内陸性気候と年間1,600mm〜2,400mmの降雨量が 周瑞の学んだ中国蘇州の霊巌山寺付近の気候に近く、茶の栽培に適しています。






 
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